プロドラッグとは、投与されると生体による代謝作用を受けて活性代謝物へと変化し、薬効を示す医薬品です。
今回は活性代謝物がより鎮痛作用を示すトラマドールを取り上げ、添付文書だけでは分からない遺伝子多型による効果減弱のケースについて解説します。
目次 |
トラマドール(商品名:トラマール)は非麻薬のオピオイド系鎮痛薬です。
トラマールは発売当初、がん性疼痛に対する保険適用しかありませんでしたが、2013年から慢性疼痛に対する保険適用が追加されています。
トラマドールを含む薬剤としては
があります。
トラマドールの特徴です。
このような特徴から、がん性疼痛をはじめ重度の関節症などNSAIDsで効果が見られなかった慢性疼痛を持つ患者さんなどによく処方されています。
弱オピオイド鎮痛薬であるトラマドールはWHOのがん性疼痛除痛ラダーでも2段階目に表示されています。
参考 WHO三段階除痛ラダー
第一段 | 軽度~中程度の痛み | 非オピオイド鎮痛薬 ±鎮痛補助薬 |
第二段 | 中程度の痛み | 弱オピオイド鎮痛薬 ±非オピオイド鎮痛薬±鎮痛補助薬 |
第三段 | 中程度~高度の痛み | 強オピオイド鎮痛薬 ±非オピオイド鎮痛薬±鎮痛補助薬 |
トラマドール自体にも鎮痛作用があるので前述の定義からするとプロドラッグと呼ぶべきではないのかもしれませんが、後述のようにトラマドールの鎮痛作用は活性代謝物であるM1の影響が大きいのでこの記事ではプロドラッグとして扱っています。
トラマドールの鎮痛効果には2つの作用が関与しています。
このうち下行性疼痛抑制系ではトラマドールでもM1でもほぼ同様に効果があります。
しかしオピオイド受容体への親和性はトラマドールとM1で受容体で大きく差があり、 δ受容体、κ受容体、μ受容体でそれぞれ20倍以上、3倍以上、150倍以上とトラマールに比べてM1の方が親和性が高くなっています(1)。
ここまでにトラマドールの鎮痛作用が活性代謝物のM1による影響が大きいことがわかりました。
では活性代謝物となるにはどのような代謝経路をたどるのでしょうか。
トラマール錠添付文書では
「本剤は主として肝代謝酵素CYP2D6及びCYP3A4により代謝される」
と記載がありますが、トラマール錠のインタビューフォームをよーく読むと
体内でトラマドールの代謝経路には大きく分けて二つの経路があることがわかります。
M2はM1と同様にトラマドールの代謝物ですが、ほとんど活性をもちません。
このためCYP2D6の活性が著しく低いPoor Metabolizer(以下PM)の人は薬効が思ったほど現れなかったり、CYP2D6の活性が著しく高いUltra-rapid Metabolizer(以下UM)の人は薬効が強く現れたりすることがあります。
代謝活性物 M1の生成 |
M2の生成 | トラマドールの効果 | |
CYP2D6 PMの方 | 減少 | 増加 | 減弱 |
CYP2D6 UMの方 | 増加 | 減少 | 増強 |
CYP2D6PMの人の場合
CYP2D6による代謝
トラマドール・・M1(減少する)
CYP3A4による代謝
トラマドール→M2(結果的に多くできる)
M1への代謝が少ないため効果減弱
→通常の代謝活性
・・著しく低い代謝活性
⇒著しく高い代謝活性
CYP2D6UMの人の場合
CYP2D6による代謝
トラマドール⇒M1(多くできる)
CYP3A4による代謝
トラマドール→M2(相対的に少なくなる)
M1への代謝が多くなるため効果増強
→通常の代謝活性
・・著しく低い代謝活性
⇒著しく高い代謝活性
CYP2D6は遺伝子多型が知られており、欧米人に比べて少ないものの日本人でも0.84%の方は代謝能が著しく低いPMであるとされています(2)。
つまり単純計算で日本人の120人に1人はトラマドールの薬効を十分に引き出すことが出来ないということです。
少し大きな薬局だと1日1人程度はそういった患者さんが潜在的に存在すると思うと結構多いですよね。
ここまでトラマドールの薬効発現にCYP2D6が関わっていること、CYP2D6に遺伝子多型があり、日本人の120人に1人は薬効を十分に引き出すことが出来ないことをお伝えしました。
ではなぜそのことが添付文書に記載がないのでしょうか?
インタビューフォームに答えがあったので引用します
CYP2D6の遺伝子多型はトラマドールの薬物動態及び薬理効果に影響することが推察されたが、日本人のPMの出現頻度は欧米人(5~10%)に比べ 1.0%未満と極めて低いことから、CYP2D6遺伝子多型による影響は少ないと判断した。
引用元 トラマールOD錠 インタビューフォーム
発現割合が小さく、トラマドール自体にも薬効があることから記載しなかったようです。
今回はプロドラッグと遺伝子多型についてお話しました。
添付文書しか読まないと
遺伝的にCYP2D6の活性が過剰であることが判明している患者(Ultra-rapid Metabolizer)では、トラマドールの活性代謝物の血中濃度が上昇し、呼吸抑制等の副作用が発現しやすくなるおそれがある
引用元 トラマールOD錠 添付文書
という記載しかないため、効果を十分に引き出すことができない患者さんがいることに気が付くことができません。
薬物動態学は薬剤師の本分ですので、添付文書等で活性代謝物についての記載を見つけた際にはぜひ代謝酵素・代謝経路を確認してその代謝酵素に遺伝子多型がないかを確認するようにしましょう。
参考
(1)トラマールOD錠 インタビューフォーム
(2)Pharmacogenetics, 6: 395-401 (1996).
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