オランザピンと抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)について

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トミー

薬剤師
神戸学院大学 薬学部卒

オランザピンは統合失調症治療薬や双極性障害治療薬として躁症状、鬱症状に対して、精神科領域で汎用されている薬剤になります。

そして、新たに「ジプレキサ®(経口剤)」(一般名:オランザピン)について、2017年12月25日付で厚生労働省より、「抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状(悪心、嘔吐)」の効能・効果追加が承認、取得されました。

化学療法により生じる悪心・嘔吐(CINV)の治療薬

抗悪性腫瘍薬を使用するがん治療において、以前より化学療法により生じる悪心嘔吐CINV:chemotherapy-induced nausea andvomiting)に対して、適応外使用としてオランザピンは使用されてきました。

しかし、CINVの対策、予防としては、コルチコステロイド(デキサメタゾンなど)、5-HT3受容体拮抗薬(グラニセトロン、パロノセトロンなど)、NK1受容体拮抗薬(アプレピタント)等がCINVに対する適応を以前より取得しており、オランザピンに比べて優先的に使用されてきました。

そして、上記薬剤を併用しているにも関わらず、CINVが生じる症例は実際に見受けられることがあります。

またCINVの予防・治療薬による副作用(例:アプレピタント投与によるアレルギー症状、血管炎、吃逆など)が生じることもあります。

そのような症例にオランザピンに追加or変更することで、既存の制吐薬抵抗性CINVを軽減、改善させられる可能性があります。

このような背景からオランザピンの効果、功績が認められ、正式にオランザピンのCINVに対する適応取得へと至りました。

オランザピンをCINVに使用する際の注意点

オランザピンをCINVに対して使用する際には、以下の注意点が存在します。

  1. 他の制吐剤との併用において、成人にはオランザピンとして5mgを1日1回経口投与する。患者の状態により適宜増量するが、1日量10mgを超えないこと。(傾眠等の副作用を考慮し、2.5mgに減量することもあります。)
  2. 原則としてコルチコステロイド(デキサメタゾンなど)、5-HT3受容体拮抗薬(グラニセトロン、パロノセトロンなど)、NK1受容体拮抗薬(アプレピタント)等と併用して使用する。
  3. 原則として抗悪性腫瘍剤の投与前に本剤を投与し、がん化学療法の各サイクルにおける本剤の投与期間は6日間までを目安とすること。

しかし、レジメンや使用薬剤によっては、抗がん剤を1週毎の投与(weeklyレジメン等)、5~7日連続投与(白血病に用いるレジメン等)、長期に毎日服用が必要なCINVのリスクが高い薬剤の使用(イマチニブやセリチニブ等)等があるため、上記の注意点を必ずしも達成できない場合もあります。

オランザピンの副作用と糖尿病患者について

オランザピンの代表的な副作用としては、体重増加、傾眠、不眠、便秘、アカシジア、食欲亢進、トリグリセリド上昇などが挙げられています。

更に重篤な副作用としては高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、悪性症候群などが報告されています。

この中でも特に注意が必要なのは高血糖、糖尿病性ケトアシドーシスです。
高血糖があらわれ、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡から死亡に至るなどの致命的な経過をたどることが報告されています。

そのため、オランザピンを使用する際に糖尿病患者は禁忌とされています。

平成14年4月にはこの件について緊急安全性情報(イエローレター)が発令されています。

問題となった症例を1部抜粋します。

これらの高血糖に対する対処・予防策としては、血糖値の測定や、口渇、多飲、多尿、頻尿等の観察を十分に行い、異常が認められた場合には、投与を中止し、インスリン製剤の投与を行うなど、適切な処置を行うことが挙げられています。

【男性・30 歳代 精神分裂病〔合併症:なし〕糖尿病性昏睡】

 投与約20ヶ月前:入院治療開始。入院時、身長約170cm、体重83kg、空腹時血糖値80mg/dL。

 投与約4ヶ月前:過食傾向、体重増加、清涼飲料水の多量飲用傾向が認められる。

 投与開始日:1日10mgにてオランザピン投与開始

 投与17日目:喉が腫れた感じがして、総合病院耳鼻科受診。口腔粘膜の白斑と両側扁桃腫大を認め、急性扁桃炎と診断。ピペラシリン4g、ブドウ糖加維持液を500mL 投与。

 投与18日目:軽快しないため、総合病院耳鼻咽喉科へ入院。体重96kg。ピペラシリン4g、ブドウ糖加維持液1000mL、ヒドロコルチゾン300mg 投与。ジュース10缶を飲用していた。

 投与19 日目:立ったまま、意識障害、失禁、眼球上転の状態で発見される。血糖値1655mg/dL、血液浸透圧405であり、糖尿病性高浸透圧性昏睡と判断され、生理食塩水及びインスリン投与にて治療開始。発見約7 時間後、血糖値980mg/dLと改善し、意識も回復。発見約10 時間後、痙攣発作、意識低下が出現。ICU に搬送。ICU入室時、血糖値901mg/dL、HbA1c 13.6%、高ナトリウム血症、低カリウム血症、代謝性アシドーシス。その後、全身状態悪化(腎不全進行)し、死亡
 
併用薬:リスペリドン、ロルメタゼパム、塩酸ミアンセリン、塩酸リルマザホン、マレイン酸レボメプロマジン、フルニトラゼパム、ゾテピン、塩酸ビペリデン、トリアゾラム

引用元 【緊急安全性情報】 抗精神病薬ジプレキサ®錠(オランザピン)投与中の血糖値上昇による糖尿病性ケトアドーシス及び糖尿病性昏睡について(平成14年4月発行)

上記のように、オランザピンを使用する際には血糖管理が非常に重要になります。

しかし、化学療法(抗がん剤治療)の領域では、定期的な抗がん剤投与のための通院と採血モニタリングが必須となります。

また、投与量や併用薬(高血糖の副作用があるリスペリドンなどの抗精神病薬等)も精神科領域での使用時とは大きく異なり、基本的には5mg以下の用量で使用することが多くなっています(臨床試験で、オランザピン5mgと10mgとで同様の有効性が得られていることから、オランザピン5mgの使用が推奨されています)。

そのため、オランザピン投与に伴う高血糖に対して十分熟知した医師の判断のもとで、CINVというQOLを著しく低下させる事象に対して、糖尿病を合併する担がん患者にオランザピンが投与されることもあります。

参考資料
・ジプレキサ錠 添付文書
・緊急安全性情報 抗精神病薬 ジプレキサ®錠(オランザピン)投与中の血糖値上昇による糖尿病性ケトアドーシス及び糖尿病性昏睡について(平成14年4月発行)
・医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議 公知申請への該当性に関わる報告書 オランザピン 抗悪性腫瘍に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)  厚生労働省発行

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トミー

薬剤師
神戸学院大学 薬学部卒

薬学部を卒業後、広島県で就職し、結婚後に兵庫県に移住して薬局薬剤師をやっております。
夫は病院薬剤師なので、二人で力を合わせ、薬局薬剤師&病院薬剤師の視点でお役に立てる記事が書けたらと思っています。

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