患者一人一人の体質にあわせた治療を目指すテーラーメイド医療の声を聴いてから久しいが、医療の現場では未だ十分に浸透しているとは思えない。
例えば、抗がん剤イリノテカンの副作用には、下痢、好中球減少、血小板減少などがあるが、患者のもつグルクロン酸抱合に関与するUGT1A1(UDP-グルクロン酸転移酵素1A1)遺伝子多型の情報がわかれば、この抗がん剤を用いる場合の副作用対策に有益となる(1-3)。
服用した薬剤を人体では異物として反応するので、異物代謝酵素としてのチトクロムP450(CYP又はP450と略す)が、多くの薬剤の代謝をつかさどる。
CYPには約60種あり、薬剤代謝に関与する分子種の主なものは、CYP1A2、CYP2A6、CYP2B6、CYP2C8、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP2E1、CYP3A4、CYP3A5などである。
薬剤がプロドラッグである場合、そのプロドラッグから活性体への代謝酵素が遺伝子多型であれば、多くの場合、活性体への代謝が困難となり、また、複数の薬剤の服用により相互作用が生じて薬効が増減することがあるので、テーラーメイド医療の対象となる場合が多い。
CYPの各分子種は、各々別の酵素であるため基本的にはそれぞれ固有の基質特異性を有する。
CYP酵素群の基質特異性は、低いとされているが、それでもある程度の固有の特異性がある。
以下は、CYP各分子種の基質特異性を示したものである(括弧内に基質となる代表的な薬剤を示す)。
CYP1A2
(アセトアミノフェン、プロプラノロール、テオフィリン)
CYP2A6
(テガフール)
CYP2B6
(シクロホスファミド、ケタミン)
CYP2C8
(パクリタキセル)
CYP2C9
(イブプロフェン、ジクロフェナク、フェニトイン、ワルファリン)
CYP2C19
(クロピドグレル、オメプラゾール、ランソプラゾール、エソメプラゾール、ジアゼパム、イミプラミン、クロミプラミン、アミノトリプチン、フェニトイン、プログアニル)
CYP2D6
(タモキシフェン、フルボキサミン、ハロペリドール、プロプロプラノロール、リン酸コデイン)
CYP2E1
(アセトアミノフェン)
CYP3A4
(アミオダロン、カルバマゼピン、エリスロマイシン、タクロリムス、タモキシフェン、パクリタキセル)
CYP3A5
(テストステロン、クラリスロマイシン)
等である(4)。
以上のように、CYP3A4は、最も広い範囲の薬剤を基質とするが、次いで、CYP1A2、CYP2D6、CYP2C9、CYP2C19等もかなりの数の薬剤を基質としている。
CYP2C19を基質とする薬剤は、上記の他にも多数あり全医薬品の約10%にも及ぶとも言われている(表1)。
ここで、注意しなければならないのは、CYP分子種の中で、CYP3A4、CYP2D6、CYP2C9、CYP2C19は、個体により酵素の一部(遺伝子レベルでは多くの場合は一塩基)に変異をもつ場合があることである。
しかし、変異があってもCYP3A4の遺伝子変異は酵素活性に影響を与えないが、CYP2C19、CYP2C9及びCYP2D6の変異は、酵素活性に影響を与えるので、その場合は薬効の増減や薬剤間の相互作用に影響することになる。
その他、CYP以外で、薬効に影響を与える代謝酵素、輸送蛋白の遺伝子多型にはUGT1A1とOATP1B1(Organic Anion Transporting Polypeptide 1B1)がある(3)。
久保田らは、日本人186名についてCYP2C19の変異遺伝子の解析をしたところ、CYP2C19*2とCYP2C19*3の遺伝子多型を検出し、その頻度は各々28.7%、13.2%であり、ヨーロッパ系の白人ではCYP2C19*2の頻度は低率(12~17.9%)で日本人に比べての約(1/2)の比率、CYP2C19*3の頻度は、かなり低率(約0.3~2%)で、日本人に比べて(1/16)の比率であった(5)。
日本人のある家族のCYP2C19変異型の塩基配列を調べた研究では、CYP2C19*2は、エキソン5の変異では681番目の塩基GがAに変異し、スプライス異常を引き起こす変異であって、野生型より13アミノ酸残基短い変異遺伝子であり(5,6)、
また、CYP2C19*3は、エキソン4の636番目の(TGG)のGがAに変異することにより、終止コドン(TGA)に変異したため、野生型より279アミノ酸残基短いCYPをコードする変異遺伝子であった(5,6)。
その後、CYP2C19*4と2C19*5が中国人において、また、CYP2C19*17がアフリカ人において、各々きわめて低率で見出されている(1,3) 。
これらの変異と野生型(CYP2C19*1)の組み合わせにより野生型とほとんどの多型が説明できる。
このようにCYP2C19には遺伝子多型があり、薬剤を服用する者がどのタイプに属するかにより酵素活性が異なる。
また、CYP2C19以外のCYPであるCYP2C9とCYP2D6の遺伝子多型に人種差があることについては、Kurose(黒瀬)、久保田らによる詳しい報告がある(1,5)。
CYP2C19の場合、遺伝子多型の多い酵素種であるため、単に基質となる薬剤、阻害剤となる薬剤、誘導剤となる物質を知っているだけでは足らず、患者、各人が、自分の遺伝子多型の型が分かっていた方が良いということになるので、多少面倒なことになる。
それでは、次に、CYP2C19について、どのような薬剤が基質となるか、どのような薬剤が阻害剤、誘導剤となるかを実際によく使用されている場面で調べてみよう。
薬効分類 | CYP2C19を基質とする薬剤 |
抗血小板薬 抗凝固薬 |
クロピドグレル (プラビックス) シロスタゾール(プレタール)(一部) ワルファリン(ワーファリン)(一部)(24) |
プロトンポンプ阻害薬 | オメプラゾール (オメプラール) ランソプラゾール (タケプロン) エソメプラゾール(ネキシウム) |
向精神薬 抗うつ薬を含む |
ジアゼパム (セルシン、ホリゾン) イミプラミン (トフラニール) クロミプラミン (アナフラニール) アミノトリプチン (トリプタノール) |
抗てんかん薬 | フェニトイン (アレビアチン、ヒダントール)(一部) |
抗真菌薬 | ボリコナゾール(ブイフェンド)(一部) フルコナゾール(ジフルカン) |
抗マラリア剤 | プログアニル(マラロン配合錠) |
(一部): 基質の一部が、CYP2C19により代謝される
抗血小板作用を有するクロピドグレル(プラビックス)は、プロドラッグであってCYP2C19により代謝を受けて活性体になるが、遺伝子多型の活性欠損者では活性体になりにくいので、期待する抗血小板効果が得られない。
米国では、このことが以前から問題視されているが、我が国ではあまり問題にされていない。
日本人を含むアジア人はCYP2C19の多型をもつ人が欧米白人より約7倍多いため、クロピドグレルの使用にあたっては、個人毎の遺伝子多型に注意が必要であるにもかかわらず、我が国ではあまり問題視されていないことは、問題であるように思う。
この問題の対処方法としては、患者自身が遺伝子検査を受けて、CYP2C19の多型にあたるか否かを把握することが必要である(7)。
また、抗血小板薬の選択においてクロピドグレルと同じADP受容体阻害作用をもつ抗血小板剤プラスグレル(エフィエント)へ切り変えることで解決できると思われる。
プラスグレルは、CYP2C19による代謝を受けないことが特徴の一つになっている(8)。
CYP2C19、CYP2D6、CYP2C9などにより代謝を受けない薬剤であることは、個体差のない治療薬という特徴になり得るため、今後の新しい医薬品の探索・開発研究において、重要な特性開発となるであろう。
プロトンポンプ阻害剤の中で、オメプラゾール(オメプラール)、エソメプラゾール(ネキシウム)は、どちらもCYP2C19 の基質となる(表1)。
オメプラゾールの光学異性体(S体)であるエソメプラゾール(ネキシウム)は、CYP2C19の基質となる寄与率が低いとの報告もあるが、インタビューフォーム(9)には、
「CYP2C19によりヒドロキシ体、5-O -脱メチル体に、CYP3A4によりスルホン体に代謝された。代謝固有のクリアランスに基づき算出したヒドロキシ体及び5-O -脱メチル体の 生成に関与するCYP2C19 の寄与率は 73%であった。」
と記載されており、代謝におけるCYP2C19の寄与率が大きそうである 。
一方、別のプロトンポンプ阻害剤であるラベプラゾール(パリエット)は、脱メチル化に関与するCYP2C19及びスルホン化に関与するCYP3A4の寄与は小さく、主として非酵素的にチオエーテル体に変化するので、CYP2C19への依存は小さい(10)。
しかし、ラベプラゾール投与後の胃内pH、血清ガストリン値およびAUC、血中ラベプラゾール濃度はCYP2C19遺伝子多型の影響を受けるとも記載されている(10)。
ジアゼパム(セルシン)、イミプラミン(トフラニール)、クロミプラミン(アナフラニール)、フェニトイン(アレビアチン)などは、CYP2C19により一部が代謝されるが、主たる代謝酵素ではない(11-14)。
具体的には、ジアゼパム(セルシン)は、CYP2C19によりN‒脱メチル化され、CYP3A4
により3位が水酸化され、活性代謝物デメチルジアゼパムはCYP3A4により水酸化される(11)。
イミプラミン(トフラニール)及びクロミプラミン(アナフラニール)の代謝には、共に、主としてCYP2D6が関与するが、一部CYP1A2、CYP3A4、CYP2C19も代謝に関与する(12,13)。
また、一部が代謝されるときであっても、決して無視できない場合がある。
CYP2C19遺伝子多型の患者でフェニトインを投与すると(代謝不全のために)フェニトインの中毒症状(脳波の徐波化、脳血流量の低下、麻痺の悪化など)が見られたという報告がある(25)。
ボリコナゾール(ブイフェンド)は、CYP2C19、CYP2C9及びCYP3A4で代謝される(15,16)。
このため、CYP2C19の遺伝子多型による活性欠損者では、ボリコナゾール(ブイフェンド)の代謝はCYP2C9とCYP3A4に依存することになる。
CYP2C19の遺伝子多型による活性欠損者がボリコナゾール(ブイフェンド)を服用しているときに、更にCYP2C9阻害剤又はCYP3A4阻害剤を服用すると、ボリコナゾール(ブイフェンド)の血中体液中濃度が著しく増大するので注意が必要である。
マラロン配合錠は、抗真菌剤アトバコンと抗マラリア剤プログアニルが配合されている。
プログアニルは、CYP2C19により代謝されて抗マラリア効果を有する活性体シクログアニルになる(17)。
このため、CYP2C19の遺伝子多型をもつ活性欠損者は、マラロン配合錠による抗マラアリア効果を得ることが困難である。
薬剤師専門サイト「ファーマシスタ」のFacebookページに「いいね!」をすると、薬剤師が現場で活躍するために役立つ情報を受け取ることができます。ぜひ「いいね!」をよろしくお願いします。
お客様により安全にご利用いただけるように、SSLでの暗号化通信で秘匿性を高めています。
コメント欄ご利用についてのお願い
※コメントはサイト管理者の承認後に公開されます